
静岡、お茶の産地を訪ねて ━ 密着!茶葉の真髄に迫る 荒茶加工の舞台裏
はじめに
萌え立つ新緑が鮮やかな季節、私たちは、新茶の生命力と製茶の技が息づく荒茶加工工場へと足を踏み入れました。
摘み取られたばかりの瑞々しい茶葉は、熟練の職人たちの手と最新の技術によって、どのような姿へと変貌を遂げるのでしょうか。
期待に胸を膨らませ、私たちはその熱気あふれる現場に密着しました。
受け入れと厳格な選別
まず目に飛び込んできたのは、ベルトコンベヤーの上を流れる大量の茶葉を、作業員の方々が真剣な眼差しでチェックする光景でした。
ここでは、人の目による丁寧な選別と並行して、近赤外線を用いた機械によるサンプルチェックも行われます。
わずか90秒で茶葉の科学分析が実施され、窒素、繊維、含水率といった含有成分のデータが瞬時に算出されます。
選別の基準は明確です。窒素含有量が多いほど良質とされ、特に被覆栽培された茶葉では高い数値が求められます。
一方、繊維質は少ないほど柔らかく上質な葉とみなされます。そして、後の工程で重要となる含水率も細かくチェックされます。
これらの要素が総合的に評価され、持ち込まれた茶葉に点数がつけられ、その等級が決定されるのです。
品質向上への連携:農家との協業と技術の進化
様々な茶農家から個性豊かな茶葉が持ち込まれるため、工場側は品質向上のための指導も欠かしません。
GAP認証を受けた農家にはより厳格な基準が求められ、品質の悪い葉は良質な葉と混ぜることはせず、あまりにも基準を下回る場合は受け入れないという徹底ぶりです。
この厳格な選別を繰り返すことで、地域全体の茶葉の品質が徐々に向上しているとのことでした。
さらに、近年導入が進む乗用摘採機は、ミリ単位で高さを調整できるため、手摘みよりも均一な高さで茶葉を刈り取ることが可能になり、これも品質の安定に大きく貢献しているそうです。
1. 送風・加湿
茶葉の加工工程は、時間との戦いです。
摘み取られたばかりの生葉は、そのままにしておくとすぐに発酵が始まり、熱を帯びて品質が落ちてしまいます。
これを防ぎ、鮮度を保つために、茶葉には湿度の高い空気が送られ、適切な水分量を維持しつつ、呼吸熱を下げる工夫が凝らされています。
2. 蒸し
茶葉加工の最初の工程は、『蒸し』です。
摘み取られたばかりの新鮮な茶葉は、その瞬間から酸化が始まるため、品質を保つためにいち早く蒸し上げ、その酸化を止めます。
この蒸し工程は、生葉特有の青臭みを取り除き、葉を柔らかくする効果もあり、まさに、お茶の風味を決定づける最初の重要なステップです。
900kgもの生葉がわずか1時間で蒸し上がります。この効率の高さは目覚ましいものですが、決して機械任せというわけではありません。
例えば、雨が降った翌日には茶葉に含まれる水分量が通常よりも少なくなるため、熱が均一に浸透しにくいという自然条件の変化が生じます。
そのため、当日の天候はもちろんのこと、前日の気象状況までも考慮に入れながら、蒸し加減を最適に保つために機械には細やかな微調整が加えられています。
3. 揉み
蒸された新芽は、次に「揉み」の工程へと進みます。これは、粗揉、揉捻、中揉、精揉という四段階を経て、茶葉を丁寧に揉み込む作業です。
異なる機械を使い分けながら、蒸し具合や水分量、揉み加減など、すべてお茶を知り尽くした職人の方が最高のタイミングを見極めています。
攪拌機の中で茶葉が均一に処理されるよう、定期的に内部の状態を目視で確認し、回転灯の色などを参考に微調整を繰り返していました。
揉みの工程における温度管理は、お茶の品質を左右する極めて重要な要素です。
表面に浮き出た水分を乾かすために、熱風を当てながら揉む「中揉」という工程があります。
その際、茶葉を乾燥させるための熱風は100℃を超える高温で送り込まれますが、茶葉自体は37℃を超えると、鮮やかな緑色のもとである葉緑素が破壊され、色が変質してしまいます。
そのため、職人の繊細な技術によって、実際に茶葉が揉まれる際の温度は36.5℃前後という、人の体温に近い適温に保たれるよう調整されています。
これは、葉の水分量やその日の湿度、前日の天候などといったわずかな自然条件の変化に合わせて熱風の温度を微調整するという、長年の経験が光る匠の技なのです。
4. 乾燥
揉みの工程を終えた茶葉は、次に「乾燥」の段階へ移ります。
ここでしっかりと水分を取り除くことは、お茶の品質を保つ上で極めて重要です。
十分に乾燥させないと、茶葉の保存状態が悪くなり、変色や風味の劣化といった品質低下の原因となってしまうからです。
この乾燥工程を経て、ようやくお茶の原型ともいえる「荒茶」が完成します。
5. 仕上げと選別
仕上げの工程では、静電気を利用した機械を用い、茎などを丁寧に取り除きます。
しかし、一番美味しいとされる一番茶の電棒(茎)をどこまで取り除くかは、単純な機械的な作業ではありません。
なぜなら、この細い茎の部分には、旨味成分であるテアニンが豊富に含まれており、お茶の味わいに奥深い甘みとまろやかさを与え、風味を豊かにする重要な要素となるからです。
しかしその一方で、茎が多すぎると、製品としての茶葉全体の見た目の均一性が損なわれ、品質が劣ると判断されることもあります。
このように、品質と収量の間で、ほんのわずかな線引きを見極めるには、長年の経験によって培われた、まさに熟練の技が求められる瞬間なのです。
近年では、色彩識別機を導入している工場もあり、より効率的かつ精密な選別が可能になっていますが、最終的に、どの程度の茎を残し、どの茎を取り除くかという判断は、依然として人の目と長年の経験に委ねられる部分が大きいと言えるでしょう。
それは、数値化できない微妙な風味のバランス、そして最終製品として消費者に届けられる際の印象までも考慮した、職人の感性によるものなのです。
加えて、この選別工程で茶葉が丸まった「珠」が多く確認できた場合、それは単に見た目の問題に留まりません。
珠が多いということは、茶葉が十分に揉まれず、水分が均一に抜けきっていない可能性を示唆しており、ひいてはお茶の香味や品質にも影響を及ぼす、揉む圧力不足のサインなのです。
このような状態を発見すると、揉みの工程へと即座にフィードバックを行います。
単に圧力を加えるだけでなく、茶葉の状態、その日の湿度、そして目指す最終的な品質を見据えながら、揉む力加減をミリ単位で、機械の回転速度や圧力も極めて繊細に微調整していくのです。
このように、最新の機械化が進む現代においても、長年の経験に裏打ちされた人の手の感覚こそが、お茶の品質を左右する重要な要素となっています。
まとめ
新茶の最盛期を迎えた工場では、夜通しの蒸し作業が続き、その熱気は翌朝6時まで及ぶこともあると聞き、その多忙を極める様子がひしひしと伝わってきました。
工場全体に息づく熱気、熟練の職人たちの真剣な眼差し、そして最新技術と長年培われた伝統が緻密に融合した荒茶加工の現場。
そこで目の当たりにしたのは、私たちが普段何気なく口にする一杯の緑茶が、いかに多くの人々の情熱と、決して途切れることのない技術の継承によって支えられているのかという事実でした。