
静岡、お茶の産地を訪ねて ━ 密着!茶葉の真髄に迫る 「仕入れ・検茶」の世界
はじめに
萌え立つ新緑の息吹を感じる初夏のある日、私は緊張感が張り詰めた一室に足を踏み入れました。
そこで繰り広げられていたのは、まさに茶葉の真髄を見極めるための真剣勝負、「仕入れ」そして「検茶」の現場。
普段何気なく口にする一杯のお茶が、いかにしてその品質を保ち、私たちのもとへ届けられるのでしょうか。
今回は、その厳格かつ繊細な仕入れ・検茶の現場に密着し、プロの眼差しが捉えるお茶の世界を皆様と共有したいと思います。
静寂の中で研ぎ澄まされる五感と科学の眼差し
部屋に満ちているのは、ふんわりと漂うお茶の葉の香りと、時折聞こえる茶を啜る音。
窓から差し込む柔らかな自然光が、茶葉の微妙な色合いを浮かび上がらせます。
ここは、茶葉の取引が始まる重要な場所。
熟練の茶農家の方々が、丹精込めて育て上げた茶葉を運び込んできます。
そして、持ち込まれた一つひとつの茶葉に対し、「検茶」と呼ばれる厳格な品質審査が行われ、その結果が仕入れの可否を左右する、まさに選定の要となる現場です。
茶農家の皆様にとって、この場所は、自らが愛情を込めて育てた茶葉が、消費者の手に届く商品となるかどうか、その価値を決定づける極めて重要な舞台なのです。
中央に並べられた無数の茶碗には、持ち込まれた様々な種類の茶葉が盛られ、静かにその時を待っていました。
仕入れ時に行う「検茶」は、長年の経験に裏打ちされた五感の鋭敏さだけに頼るものではありません。
生産者から持ち込まれた茶葉の一部は、専門の機器へと運ばれ、粉砕されて分析器にかけられていくのです。モニターには、繊維、チッソ、タンニン、水分量といった含有成分の数値が細かく表示されていました。
数値化されたこれらのデータは、この仕入れの現場でもリアルタイムで確認され、官能審査と並行して重要な判断材料となります。
第一の審判 - 茶葉の姿、その奥に秘める物語
検茶は、まず乾燥した茶葉の「外観審査」から始まります。審査盆と呼ばれる器に茶葉を100-150g入れて、審査台に並べます。
お茶の形状は、茶の大きさや締まり具合、寄れ具合や粉や茎の有無などを観ます。
良いお茶は形が揃っていて、細く締まり、細長く丸くよれていて、粉や茎などがあまり混入していないものです。
また、手に取って確かめることも大切です。
良いお茶は重量感があって表面に艶があり、握ったときに滑るような感触があります。
茶葉の形状や大きさもじっくりと観察していきます。棒状のもの、針のように細いもの、平たいもの。それぞれの形は、茶の種類や製造工程を物語ります。
形状と同時に見るのが、お茶の色沢です。審査盆に盛られたお茶が審査台にずらりと並ぶと、それぞれ異なる色沢を持っていることが分かります。
光沢の有無や、均一性も重要な評価ポイントです。
良いお茶は、濃くて鮮やかな明るい緑色をしていて光沢があります。全体の色も均一でむらがありません。
第二の探求 - 香りに宿る、茶葉の個性
次に、茶葉の「香気審査」が行われます。乾燥した茶葉を手のひらで優しく温め、立ち上る微かな香りを鼻腔いっぱいに吸い込みます。
摘み取られたばかりの新芽は青葉のような爽やかな香りが特徴。
それぞれの香りは、茶葉が持つ個性であり、品質を大きく左右する要素です。
熱湯を注いだ後の「湯上り香」も、重要な評価ポイントとなります。湯気を立てながら立ち上る香りは、乾燥した状態では眠っていた茶葉の個性を鮮やかに開花させるようです。
香気は「新鮮香」や「みる芽香」、「火香」などお茶特有の香りの強弱を中心に評価します。そのほか、茶種によって覆い香や釜香などが評価の対象となります。
第三の核心 - 舌が語る、滋味の深淵
そして、いよいよ「滋味審査」、つまり味の評価です。しかし、それは私たちが普段行うような、喉を潤すための飲み方とは全く異なります。
一定時間抽出されたお茶を匙ですくって、すすりこむようにして口の中に入れます。口に含んだお茶を舌の上で転がし、舌の全面に薄く広げて味を見ます。
舌の奥、喉の奥へとゆっくりと運びながら、甘味、旨味、苦味、渋味といった様々な味の要素を細かく分析していきます。
煎茶の場合、これら4つの味の要素が適度な濃さで調和し、さっぱりとした後味の良いものが優れているといわれています。
その表情は真剣そのもので、まるで言葉を持たない茶葉と、静かに深く対話しているかのようです。茶葉そのもののポテンシャルだけでなく、品種による味わいの違いも見極められます。
第四の彩り - 水色に映し出される品質
最後に評価されるのは、抽出されたお茶の「水色(すいしょく)」です。
淡い黄色、鮮やかな緑色、あるいは深みのある黄金色。それぞれの色は、茶葉の種類や品質を表しています。
煎茶の場合は、一般的に山吹色で艶があって澄んでいるものが良いとされています。
透明度や光の当たり具合なども考慮され、総合的に評価されます。
透明度が高く、光を反射するような水色は、良質な茶葉から丁寧に抽出された証と言えるでしょう。濁りがあったり赤みを帯びているお茶はよくありません。
研ぎ澄まされた感覚と積み重ねられた知識が未来へ繋ぐもの
一連の審査を通して感じたのは、審査員の研ぎ澄まされた感覚と、長年にわたる経験と知識の深さです。
検茶という一見静かな営みは、私たちが日々美味しいお茶を安心して楽しめるための、非常に重要なプロセスです。
こうして厳しい評価基準をクリアしたお茶だけが、私たちの食卓へと届けられます。また、審査の結果は生産者へとフィードバックされ、より高品質なお茶づくりへと繋がっていくのです。
今回、プロの眼差しを通して垣間見た検茶の世界は、お茶の奥深さと、それを支える人々の情熱を教えてくれました。